🐴 2025年、育休と転職とAI。2026年、丙午の年に何を燃やすか
新年のご挨拶です。あでぃです。
2025年は育休から始まりました。そして、転職で終わりました。
身体的には激動というほどではないんですが、気持ちの変化はめちゃくちゃ大きかった。人生初の転職だし。
振り返ってみると「あれ、結構いろいろあったな」という1年でしたね。新年の挨拶がてら、2025年を振り返りつつ、2026年のことを書いてみます。
育休は嬉しく、楽しい(しかし忙しい)
2024年9月から育休に入っていたので、2025年は育児からスタートしました。
妻と2人で、子どもの成長を見守る日々。夜泣きで寝不足になりながらも、「あ、笑った」「あ、寝返りした」みたいな小さな変化に一喜一憂していましたね。大変だったけど、すごい幸せだったなぁと思います。
そして、その合間にスプラトゥーンで最高XPを更新したり、三國無双オリジンズのトロコンしたり、積みゲーも概ね消化しました。
…いや、育児の話をしていたはずなのに、急にゲームの話になってしまった。でも、育休って「24時間ずっと育児」ではなくて、子どもが寝ている時間とか、妻と交代で見ている時間とかがあるわけで。そういう時間に、自分の好きなことができたのは精神衛生上とても良かったですね。良い人生って感じ。
学ぶことから、稼ぐことへ
育休中に、自分の価値観が少し変わったなと思うことがあります。
以前の僕は、仕事も趣味も、探究心というか学習欲をベースにたくさん時間を使っていました。ユーザーへの価値はもちろん大切にするものの、何かを作るプロセス自体がシンプルに好きだった。学習すること自体が楽しければいい。そう思っていたんですよね。
でも、子どもの笑顔を見ていたら、「この子に笑顔でいて欲しい」と思うようになった。
そうすると、「学ぶこと」だけじゃなくて、「どうコスパよくアウトプットに繋げて、収入を得るか」を意識するようになりました。なので、宝くじは前よりも当たって欲しくなりました。マジであたってくれ。
そういう気持ちの変化があった育休でした。
復帰した
育休中、前職ではいろいろな問題が起きていました。結論、同僚の離職が相次いだ。育休に入る前から社内のゴタゴタはあったけど、復帰が近づくにつれて「あれ、これ大丈夫か?」という空気を感じていました。(離れていった同僚などから色々聞きながらw)
まあとはいえ、育休復帰前には気合を入れ直して、改めて何かを目指して働けるなら頑張っていこうと思っていました。
でも、復帰初日の出社の時点で「なんか無理だな」と思ってしまったんです。
最終的に何が決定的だったかというと、上手く言えないんですけど、空気感でしたね。
思い返すと、新卒の時にこの会社を選んだのも、そこにいる人に強い魅力を感じたからなんですよね。ここなら社会人としてスタートダッシュを切れそうだ。そう思えるだけの組織の魅力があった。
僕の中では、前職は「特殊な会社」だったんです。いい意味で会社らしくないというか、ちょっとおもしろい雰囲気がある会社。だから、経験として新しいこともやってみようと割り切れていた部分があった。サークルっぽいとも言えるし、まさしく遊びも仕事も本気で!と言えると言うか。その上で、ビジョンにも強く共感していた。ベンチャーって感じですね。
でも、復帰してみたらなんというか「普通の会社」になっていた。
復帰したらっていうか、育休に入る前からかな。徐々にね。
同時に、これは会社のフェーズとしては至極真っ当なステップであるなともすごく理解できるんです。
だからこそ、今はもう僕はなんか違うか〜と思ったっていうか。結構キレイな気持ちですよ、別に恨みとかないし。
あと個人的に魅力的だと思っていた人、仲の良かった同期や一緒に働いていた仲間もかなりの数がいなくなっていたのもある。
んー、でもやることの方針さえあまり決まってないのに、僕のいた部署が爆散したっていう、先行き不透明な組織に強い不安があったってのはあるかも?そもそも僕はビジョンに共感してこの会社を選んでいた。見えないビジョンには共感しようもないといいますか。
とにかく、普通な会社なんだったら、ビジョンに共感でき、やることにワクワクでき、さらに言えば報酬がよい(前述の通り収入を今までよりも意識するようになっているので)会社を選んだ方が、自分にも家族にも幸せかな。と、僕はわりとスッと会社を辞める決心をしました。
あくまで僕にとっては、ですよ。これは、ある種在籍期間が長くなっている弊害とも言えて、差分が見えるからこそであるので。
組織にとって変化はつきもので、むしろ停滞・衰退を防ぐために変化するべきで。その変化の一つ一つがそこにいる個人個人にとって望ましいかどうかとはちょっと違うだけっていう話だと思います。
今振り返って、新卒であのフェーズのこの会社に入社できて改めてよかったですね。色々経験できたことはとても糧になっているし。
新しい会社とフルリモートの価値
11月に今の会社に入社しました。
転職中に何を考えていたかとか今何をしているのかとかは、noteを書いたのでそちらへ。
https://note.com/urapro/n/n7ac9a1c606fc
そして、子どもが1歳を迎えました。でも、待機児童になってしまい保育園には入れず。妻が育休を延長し、僕は仕事へ。
今まで2人で育児できていた反動なのか、大変さが極まってきましたね。最近はイヤイヤ期の片鱗も見え始めていて、すごい大変。マジで。どうなってんだこれ。
妻にも負担をかけているけど、リモートワークがベース(週1は出社してるけど)の会社だから、ギリ耐えられている。これ、毎日出社だったらどうなっていたんだろう。恐ろしすぎる。
ご飯を投げられながら思うこと
フルリモートの価値って、「仕事中に育児をする」ということではないんですよね。横に存在することが価値というか。
うちの子ども、ご飯を食べる時めちゃくちゃご飯投げたりするんですよ。結構、ホント想像以上に。
拾ったりしながらご飯あげるのって本当に大変で。だから、ちょっとした合間に拭くのだけ手伝ったりとか食器拾ったりとかそういうことができます。
こういう小さいことができるのが本当に良い。お風呂のために中抜けできたり、ぐずっている時に宅配が来たら受け取れたり。
「想定外のトラブルが起きた時に、何かサポートできる人がいる」という安心感。生活がシンプルにスムーズになる。それがフルリモートの価値だと思っています。
振り返ると、育休中も2人で100%忙しいかといったらそういうわけじゃなかった。でも、「おむつも変えなきゃいけないのに眠そうでめちゃ泣いてる、そろそろミルクの時間だし、洗濯機も終わってるし、哺乳瓶洗わないと次のミルク入れられない…」みたいな事象が突然重なる瞬間がある。そういう時に、2人いたから心の拠り所をもって解決できた。その経験があるからこそ、なんかあったときのサポートがある状態で働けるって言うことがめちゃくちゃ良い。
実際は毎日そんなトラブル起きないです。結構しっかり働いてます、僕。
純粋に話し相手がいるっていいですよね。その上、僕はとても妻と仲良しなので、いればいるほどお互いに嬉しい。
最愛の妻と、最愛の息子がいる環境で仕事ができる。それ自体が福利厚生なんじゃないかな。
すごいですよね。会社からもらっている価値とも言えるけど、社員は家にいるだけで勝手に幸せになってくれる。リモートってそういうことなんですよ。こんな環境の会社に強く感謝しながら働いています。
AIに「意味のない仕事」を奪って欲しい
さて、2025年は、AIとともに過ごした年でした。
仕事なんて、復帰後の11月と12月の実質2ヶ月だけなのに、めちゃくちゃAIを感じましたね。
「AIに仕事を奪われる〜」という煽り文句を見飽きていたけど、触らないわけにもいかないなと思って、育休中にOpenAIとGoogle AI Proを契約して触っていました。そしてCursorを触るようになって。これが4〜5月ごろからの話。これをやっていなかったら、復帰時に本当に浦島太郎だったと思う。
2016年の頃に20年後には〜みたいなポエムを書いていたけど、まだ10年しか経ってないけど結構現実味を帯びてきている。すごいね世界の進化って。
https://urapro.dev/posts/poem/
当時は、アプリ制作をまともにするためにかなりハックする必要があった記憶があります。プロンプトを工夫したり、出力を手動で修正したり。でも今は、かなり手放しで進むようになってきた。自分がプロンプトで制御する力が上がっているのもあると思うけど、それ以上にAIの進化スピードが本当にすごい。全然コード読まない時もある。なるほどねって思わされる時もある。
で、触っているうちに思うようになったことがあります。
僕は仕事を奪われるなら奪われたいです。
さっき書いた通り、僕は子どもに笑顔でいて欲しいんですよ。そのためには、どう収入をコスパよく得て、どう家族に時間を還元するかが大事になってきた。
だから、AIに仕事を奪われること自体はポジティブに捉えています。あまり意味のないことから、ことごとくAIに奪って欲しい。
もちろん、知的好奇心を刺激するという意味で、プログラミングやアプリ制作、ITに触れることは続けていきたい。でも、「キャリア」という観点で言うと、目指すべき場所はちょっとわからなくなっているかもしれないな、なんて。
今やっていることはシンプルに楽しいんですよね。組織にとってプラスになることを、AIを使って形にして、アウトプットする。それが自分の人生にとっても幸せな何かに繋がればいいなって思っています。
ま、でも究極は宝くじが当たって悠々自適に暮らしたいとも思います。
でも、当たったとしても結局何かやるんだろうな。ワーカホリックとは言わないけど、何かを追い求めるのは好きなんだと思います。バンドを本気でやっていた時もそうだった。
とはいえ、気質がエンジニアなので、根っこは怠惰ですけどね。
2026年:丙午の年に何を燃やすか
2026年は丙午(ひのえうま)。60年に一度の干支らしいですね。
丙午といえば、日本では「丙午生まれの女性は気性が激しい」という迷信があって、1966年(前回の丙午)には出生率が約25%も低下したという統計がある。八百屋お七が丙午生まれだったという俗説が由来らしい。令和の時代にそんなことを気にする人はいないと思うけど、統計に残るレベルで社会が動いたというのはおもしろい話だなと思います。
で、丙午のポジティブな解釈としては、「丙」も「午」も陽の火を表し、エネルギッシュで情熱的な年とされている。
…まあ、うちは今1歳児のイヤイヤ期と格闘中なので、すでに十分「火」なんですけどね。エネルギッシュで情熱的な息子に振り回される我々こそが火。燃やされる側かもしれない。
冗談はさておき、2026年に燃やしたいもの。
AIとうまく協働する観点で、地力をつけていきたいなと思っています。そして、それをアウトプットに繋げていきたい。
具体的には3つ。
- AIに任せるべきところの判断力
- 人間としての基礎力
- 人として尊敬される力
AIに任せるべきところ、自分でやるべきところ。その判断力と実行力を磨いていきたい。そして、AIがどれだけ進化しても残る「人間としての基礎力」や「尊敬される力」を大事にしたいですね。
いずれは、今よりもさらに自由に働けるようになりたい。組織を抜けたいとかではなく、シンプルに視野と活躍の幅を広げていきたいんですよね。そのために、まずはシンプルに実力をもっともっとつけないといけない。
おわりに
2025年は育休から始まり、転職で終わった。気持ちの変化は、自分でも驚くくらい大きかったです。
「学ぶこと自体が楽しい」から「子どもの笑顔のために稼ぎたい」へ。「特殊な会社」が「普通の会社」になって、ビジョンに共感できなくなった。フルリモートの会社に移って、最愛の妻と息子のそばで働ける幸せを知った。AIに仕事を奪われるなら奪われたいと思うようになった。まだ入社2ヶ月で見えていないことも多いけど、僕としては結構楽しい生活を送れています。
2026年は丙午。火の年。
何を燃やすか。AIとの協働で地力をつけること。視野と活躍の幅を広げること。あと、息子のイヤイヤ期を一緒に乗り越えること。これは燃やすというか、エネルギッシュで情熱的な彼に燃やされる側かもしれないけど。燃え尽きぬよう、せいぜい頑張っていきましょう。
今年もよろしくお願いします。



